日常の中でのやりとるの中で残念な投げかけ・・・??? ってありませんか? 何気ないひと言に心が引っ掛かりモヤモヤとする。自分の思い過ごしかも・・・気にしすぎかも・・・悪意はなさそうだし・・・でもなんかモヤモヤする!! 受けたことも、知らず知らずに投げかけてしまっていることも。これ、マイクロアグレッションをしているか、もしくは受けているか。

 

 

 

先日『マイクロアグレッション』について知ってみよう!』の勉強会に参加しました。マイクロアグレッションが引き起こされるメカニズム、それにどう対処するのか-そんなことを、この領域にも詳しい東京大学バリアフリー教育開発研究センター特任研究員の藤原快瑤(ふじわら・かよ)さん のお話をお聞きしました。

 

 

「micro(マイクロ)」は「小さい」、「aggression(アグレッション)」は「他者への攻撃」を意味するように、日常会話でのささいな差別発言がその多くを占めているとのこと。アグレッション』の意味は「無意識の偏見や差別によって、悪意なく誰かを傷つけること」。相手のために良かれと思って言ったことが、相手を傷つけてしまったり、何かしらモヤモヤっとさせるような影響を与える投げかけです。

 

 

 

いやいやそんな・・・差別するようなことなどしたりしないし、したくもないし・・って声を上げてしまいそうですが、その「相手を傷つけるつもりなどない」という本人に悪意がないことが特徴であり、だからこそ、不快を味わった側も指摘しにくい状況にあるということ。これが差別とは区別されるところのようです。

 

 

その背景には、人種や文化、社会に浸透している固定概念を示すステレオタイプなど、自分とは異なるものに対する偏見が隠されています。人種、ジェンダー、見た目や障がい者への偏見は多く存在します。後、右利き・左利き・・明らかに、右利きに便利なような設計にしてあるもので社会は溢れています。社会やグループのマジョリティ(大勢)が優先され、誰か(マイノリティ)がいつの間にか排除されているケースは多々あります。

 

 

マイクロアサルト:日常的な屈辱
マイクロインサルト:日常的な見下し
マイクロインベリケーション:日常的な無価値化
この中でも、最後の日常的な無価値化は、向けられた人にモヤモヤとしたネガティブなストレスを与え、露骨な差別よりも有害性があるとも言われているそうです。

 

 

私たちの言葉の裏にある、自分が当たり前にしている何かしらの前提(価値基準や思考性の癖)・・・いい悪いではなく、いい意味で疑ってみることも大切だなと改めて感じました。その上で、言ってしまったなら、相手にIメッセージで聞いてみることから。個人的には、今お伝えしているアドラー心理学は、自分を知り、他者と共に生きていくためにも、多様化していく社会の中で自分のあり方・他者との関わりを考える上でも、活用できると確信しました。

 

 

また、組織のルールや文化を見直すいい機会であると考えました 快瑤さんの参加されている世界からの幅広い方達が集まる会で、「これからの組織は、個別対応はコストではなく、投資ではないだろうか!?という話が出ている」・・・組織と人材育成で関わっている私はとても共感できました。

 

 

まずは知ることから。 興味のある方はぜひ調べてみてください。(情報提供:CareerScape小野田博之氏)

1.マイクロアグレッションについての参考記事
○「マイノリティが日々傷ついている『無意識の差別』の正体」丸一俊介、現在ビジネス(講談社)

https://gendai.media/articles/-/74864 ○「『女性なのにすごい』はけなしです」道新でワークシート(北海道新聞)

https://nie.hokkaido-np.co.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/20220524b.pdf

 

2.書籍 ○「日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション――人種、ジェンダー、性的指向:マイノリティに向けられる無 意識の差別」(デラルド・ウィン・スー、明石書店)

 

 

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