今日は母の実家の墓参りへ。
どうやら母の夢に出てきたようで、墓参りに行きたいというので早々に行ってきました。
この夏に行った時は、母は高台までは登らず下から御参りしたのですが、
今日はゆるりと時間をかけて一緒にお墓まで行きました。
とても満足げでいい笑顔になっていました。
盛矢家のお墓は昨年、広島の永代供養の納骨堂に移動したので、
いつでも行けますが、母の実家へはどうしても回数が減るので考えてみれば
寂しかったかも。
備北広域公園はイルミネーション準備中、世羅も花が終わっていたので三次へ。
昼食は両親がよく通っていた洋食屋さんをチョイス。
ここのスープが大好きだったのを思い出し提案すると大喜び!
そう言えば父が入院した時も、母からリクエストがあったのはこのお店。
入ると店主の奥様が思い出してくださり声をかけてくれました。
満面の笑みです。
人にはそれぞれ暮らしてきたその人たちなりのテリトリーがあります。
そのテリトリー内にいると、居心地もよく安心感がある。
心理学ではグループイマ―ゴなどとも表現しますが、無意識的にできあがっている
グループで、後から入れば居心地が悪い・・・などというのもあります。
二人にとっては三次は長年暮らしてきた居場所であり、県北部はテリトリー。
あちこちよく出かけていた二人だけれど、長く慣れ親しんだ町はやっぱり
安心できる心地よい場所でしょう。
お家は無くなってしまったけれど、故郷であるには変りないのですから。
オープンから間もない有料老人ホームのスタッフケアや研修に入っていました。
生活環境もいいのに、利用者さんの 何故か心もとない空虚感を感じさせる表情に、
どこかここでの落ち着ける居場所を探されているように見えたのが印象的でした。
長年住み慣れた家を離れ、ホテル生活の感覚でしょうか。
やはり不自由も多いし、思い通りにはいかないもの。
ならばせめてお盆・お正月と、観光地などで一緒に過ごしていますが、
やはり、田舎だったり、従妹の家であったりする時のほうが、
自然な笑顔が多いことに気づかされます。
慣れてほしいとは思うけれど、出来る限りほんのひと時でも心の安心・安全な
そのテリトリーの中で過ごせるサポートはしていきたいと思います。
せっかくなので三次町へ。
三次本通り商店街は、昔は私のテリトリーでもありました。
子どもたちの手を引いてお迎えや送りに歩いた町並みです。
その街並みも今は一変して、石畳の古民家風の町並みへと変わりました。
商人の町で、子どもたちのお家も商売人さんも多かったけど。
とてもきれいだけれど、やはりちょっと寂しかったです!
辻村寿三郎人形館 へ。ここは銀行後。
寿三郎さんのちりめんで作られた人形は、どれもリアルで素敵でした。
晩年を三次で過ごしていらっしゃるようです。
一番弟子さんが近くの木綿兎にいらっしゃるそうです。
こんな場面でテリトリーを改めて考えるとは。
それでも満面の笑顔をもらえた良い一日でした。
今日もブログに来ていただきありがとうございます。