それでも神を目指す・・・

2017.07.29

今日はカウンセリング。
積極的に行動していた人が突然立ち止まって身動きできなくなる。
そんなことってあります。
企業の中でも、学生たちの中でも最近そんな相談が増えてきたように思います。

そう言えば、ある団体の事務局の女性の話思い出しました。(本人記載許加済)
「私って何もできないんです」
「ちゃんと準備や進行できているって思うけれど・・・何ができないって
 思ってるの?
「先生みたいに仕事もできないし、家庭の家事もちゃんとできていないんです」
「誰と比べているの?」
「ほら、TVに出てくる黒木瞳さん、彼女は仕事も家事もちゃんとできてる」
「ドラマに出てる黒木さん!?」
「・・・」
「そりゃ大変だね!」

実は彼女は自分の中に創り上げた完璧な女性像と比べて、何もできていないと
嘆いていました。 
家庭での彼女のことはわかりませんが、仕事においては十分すぎるほどの気遣いで
事務局としてサポート力も高い人でした。

劣等感は自分と誰かを比較することで生まれてきます。
もう一つ、仮想の自分のゴール(完璧である姿)と今の自分の姿を比較して
できない無力な自分が劣等感となります。

人間である限り、劣等感を感じます。
人間は「完全性」を目指す生きものです。そして、その完全性に到達することは
不可能だろうということです。私たちは神にはなれないからです。
人生とは、永遠に完全性の実現へと向けられた途上だということです。
私たちは、大なり小なり不完全な存在です。
つまりこの不完全性を受け入れ、これと向き合うことが必要となります。
‐アドラー心理学を深く知る29のキーワード/梶野真‐より

アドラー心理学でそれを明確に伝えられた時、思わず吹き出しそうになったこと
思い出しました。
「わ〜〜私・・・神を目指して闘ってたみたい。」

今日のクライアントも見えない何かと闘っていました。
小さなころから振り返って整理していくと、凄いチャレンジャーであることが見えます。
そして、必要な人たちに出会い、成長し続けていました。

ただ・・・・ほんの少しだけ、伝えることが上手にできなかっただけ。
例えば平均速度60Kの道を100Kで進んでいけるパワーを持って帰り、
周囲が50K、60Kで走っているのに100Kで走ろよ!と言えば
当然周囲は躊躇します。多勢に無勢・・・当然浮きます。
そんなキッカケが、勇気をくじかれ身動きができなくなっていたようです。

伝えていることは正論であり間違いはないけれど、
伝えるタイミングと伝え方を間違えてしまっていただけ。

私たちは自分の目指す姿に向けて、完全であろうとすることは悪いことではない
はずです。目標に向けて、よりよくありたいから努力もするし、チャレンジもできる。
今の自分は未来に向けて成長中の自分。
完璧でありたい姿と今の自分のギャップ・・・それを克服していくのが成長。

「不完全である勇気」と「完全になろうとする勇気」は
表裏一体であるともいえます。
不完全である勇気を持って一歩を踏み出し、完全になろうとする勇気を
また新たに持つことができます。
‐アドラー心理学を深く知る29のキーワード/梶野真‐より

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